「3大道 (−1、0、1) の要約表」は設置者を表しています。
       設置者はワンライン人類の進歩の縮図!
                ↓
        1日1回コ─ス設置者による人類歴史の大変身
        「3大道 (−1、0、1) の要約表」のメカニズム
        「3大道 (−1、0、1) の要約表」と
             性善説(1)、性中説(0)、性悪説(−1)

               内外の環境が人を作る
                    ↓
     1大道の人格形成は絶対的目的である。

      悪(−1、荀子の性悪説、悪因悪果の人格と愛)→境界線(0、悪+善
・・・・

     の性中説)→善(1、孟子の性善説、善因善果の人格と愛、目的上心と

     体の両世界の終着点)

      だが、人間は事実上徹底的
に、自分のおかれた内外的環境圏の支配

     を受けて、相対的に反応・成長し、人格形成されていくようになって

     いる。よって、知情意 (1、3大内的追求欲) と真善美 (−1、3大

     外的追求欲)、忠孝烈の発揮できる環境圏を、1大道の1日1回コ─ス化

     にしておくと、気づかないうち、自動的にワンライン (1) 安心社会

     が実現されていくようになっている。

    家で親子が一緒に、+1という1大道の1日1回コ─スに乗り続けるか
    ぎり、親の無病長寿を願う子の心も成長していきます。そういう心情一
    致、人格一致の世界には、反抗 (期) というものも存在しない。だが、
    1大道の1日1回コ─スに乗らなく、3大道性の生活を続けると、その
    反対になるのである。
                 もう1つの相対性↓

     Bの存在様相 : 雌(−1)、境界線(0、雌+雄)、雄(+1)

            その他のエネルギ─、素粒子、原子、分子の陰陽関係

            前後、左右、東西などの相対性


      ここで1番目、1大道の人格形成のため、向かわせるべき志向性の

     選択領域は「1」である (人間本性に関するNTV3相対性理論)。

     実体的な展開方法に関しては、まず、「3大道 (−1、0、1) の要約

     表」の中に、「人間本性」という課題を中間地点 (0) においた場合に

     その中間地点 (0) からは、性善説 (1) にも性悪説 (−1) にも、行

     くことができるのである。

     「その中間地点の立場からスタ─トせよ (NTV3性中説)」と言った場

     合、それはその中間位置の0から出発し、−1のほうに落ちるのではな

     く、1のほうに人格を成熟 (1大道の1日1回コ─ス用設置物を持って

     実践しない限り、ここの1までいたるように予定された人間はいない)

     させていくことを言う。

     よって、3大道性の内外的環境圏を1大道化するのが、残された歴史

     的課題であることは言うまでもない。

   だがここで2番目、3大道を迷う環境圏での1大道の人格成長の過程

     では、−1までの善果の人格→0までの善果の人格→1までの善果の人

     格という流れに乗るようになっている。

      先天的に人間本性が善であってもそうではなくても、1日1回コ─ス

     を実践することにより、後天的にどんどん善く (1大道の人格者) なっ

     ていくと、それ以上素晴らしいことがあるであろうか (Aの流れによる

     実践領域)。   日々の変化、1日1ペ─ジすづ生まれ変わる→

      それに遺伝学的にみると、1大道の1日1回コ─スを実行する生活伝統

     を立てることにより、NTV3ワンライン (1) 成功遺伝子がオンとなり、

     引き続きその形質遺伝子を子孫に受け継ぐことができる。よって、1大

     道の人格者である善の子女を、社会に生み殖やす道が開けるのである。

       孟子の性善説は心 (1) 的な志向性、荀子の性悪説は体 (−1) 的な

     志向性の、それぞれの一面だけを主張したものに過ぎない。

      心と体が不可分の関係であるように、性善説 (1) と性悪説 (−1) が

     組み合って、1人 (設置者) のようになる。よって、性善説と性悪説の

     うち、どのほうが正しいのかを論ずるのは、人が心で成されているのか

     体で成されているのかを論ずることと同じである。

      両説が、人間本性に関するNTV3相対性理論の「3大道 (−1、0、1

     ) の要約表」によって、いよいよ一身化された。大変身したのである。

     今度は、1日1回コ─ス設置者による人類史の大変身に働く出番である。

         大変身の画像は、ここの走る世界人をご覧ください。

      1大道1日1回コ─スの設置者による人類史の大変身とは?

      それは性善説 (1、言わば宗教のような心的志向性) と性悪説 (−1

     言わば科学のような体的志向性) が組み合って大変身し、設置者1人の

     ようになることと同じく、今度は1大道の社会文化の中心軸となるその

     設置者により、地球村を1大道の幸福の世界へ誘導、大変身させていく

     ことを言う。

      即ち、人類という山全体を美しくて調和に作っていくために、人間本

     性に関するNTV3相対性理論と、設置者が1つになって働くのである

      歴史は生きている。生きている生命体である。だが、残念なことに3

     大道を迷っている。3大道をくねくね動き回っている。なので今度はこ

     の生命体を、最終の1つの道である一直線の1大道に向かわせる出番で

     ある。そのように、大変身させる出番である。


             

     A:この時間に、歴史は泣かない。
     Q:この時間って?
     A:設置物の実行時間…。
     Q:なぜ泣かない?
     A:設置物の1大道世界には、そういうもの自体が存在しないから…。



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